「仕事の魅力とこれからの通訳者」座談会を終えて思うこと

会議通訳者の山本みどりです。

先日、イカロス出版『通訳者・翻訳者になる本 2022』における「仕事の魅力とこれからの通訳者」座談会に参加させていただきました。
この座談会を終えて、人間通訳の仕事はどれだけ残っていくのか、改めて考えさせられました。
そこで、今回のブログでは、日本語の機械通訳の精度が実用化可能なくらい向上したとして、人間通訳と機械通訳の切り分けはどうなるのか、考えてみたいと思います。

機械翻訳や音声認識の精度向上で、通訳者へのニーズが変化している

翻訳の世界では、機械翻訳がかなり精度を上げてきています。
特に、「最先端のニューラルネットワーク技術を駆使して開発された、超高性能な」DeepL翻訳は、私も使ってみて精度が高いことに驚きました。

一方、通訳を機械で置き換えるとなると、「話者の音声による発話内容を『認識する』」のと、「認識された発話内容を、ターゲット言語に『訳す』」という2ステップが必要になります。
後者の「訳す」部分は機械翻訳の技術で対応可能です。問題は前者の「認識する」方で、音声認識の技術が使われます。

日本語は同音異義語が多く、音声認識はまだ発展途上とされています。しかし、実用に耐える精度になるのも時間の問題だと思われます。実際、日経新聞では5年後には実用可能との報道も出ています。

人間通訳のニーズが縮小している

通訳の現場を見てみると、すでにニーズは縮小化していると言えます。例えば、

「英語のプレゼン本体は理解できるので通訳不要。質疑応答だけ訳してほしい」、「話が込み入ってきたら通訳に入ってほしい。それまでは待機をお願いしたい」とお客様に言われることもよくあります。

また、先日自宅から遠隔通訳に入ったオンラインミーティングでは、技術者同士が製品の画面を見ながら会話するのを訳したのですが、こんなことがありました。
日本人参加者は、通訳者の訳出に頼ると同時に、自分でもオンライン会議プラットフォームが提供するテロップ機能をオンにして、英語の会話についていこうとしていました。

このように、ユーザーが利用できるツールも増えてきているのです。また、精度は未知数ですが、すでに商業用として販売されているAI通訳ソリューションも存在します。

人間通訳と機械通訳の切り分け

機械通訳でも問題ないケース

機械でも問題のないケースは、以下のような例が考えられます。

  • 機械が翻訳しやすいような、文法的に整った文章が話される場面
  • セミナーのように、スピーカーが一方的に話す場面
  • 事前に原稿が用意されており、スピーカーがそれを読み上げる場面
  • 製品の使い方についてのワークショップのような、技術的な内容を伝える場面(感情が介在しにくい、客観的な事実を伝える場面)

人間通訳に頼んだ方がいいケース

一方、人間の通訳者に頼んだ方がいいのは、以下のような例です。

  • 筋書きのないフリーディスカッション
  • 言葉だけでなく、文化的な背景も踏まえて訳すことが必要な場面
  • 空気を読むことが必要なシーン
  • 相手と信頼関係を築きたい、相手に謝罪したいなどの場面(感情が動く場面。ユーザーとして機械「なんかに」訳してほしくない、と思うようなシーン)
  • 個別具体的な質疑応答
  • 固有名詞が多用されるケース

人間の強みの一つは、「感情」や「場の空気」などが伝えられることです。特に日本は「ハイコンテクスト文化」と言われ、すべてを言葉にしないで省略することが多いため、状況を察することが求められます。また、商談や会議の場では、同じことを伝えるのであっても「伝えるときの表情、声のトーン」などの、言語以外の要素が大きく影響します。このような理由から、人間通訳の方が機械より効果的に言葉を訳し、伝えられるシーンは引き続き存在すると考えられます。

機械通訳で十分、人間通訳が不要なケース

また、こんなケースは機械で十分だと思われます。

  • 通訳機の設定・調整する手間を厭わない(企業固有の辞書を入れて、適宜更新していく必要があります)
  • ユーザー自身が英語がある程度わかるので、機械通訳を補助的に使いたい。機械に100%の精度を求めていないケース
  • 通訳者まで会議に入れると仰々しくなってしまうので、通訳の機能だけが欲しいケース
  • 予算に限りがあるケース(機械通訳のコスト<人間通訳のコスト、であれば)
  • ユーザーがじぶんだけでこっそり使いたいケース(!?)

機械は、人間だったらまずしないようなミスをすることがあります。そのような可能性も十分考慮したうえで活用するといいでしょう。

人間通訳と機械通訳のどちらを選択するか?を判断するポイント

まとめますと

  • 一般的に、客観的、一方的な話なら機械、主観的、双方向の話なら人間を使うのが良い
  • 機械を使う際は、適切な期待値を持つ
  • 機械が誤訳して話がこじれた際の責任の所在を明らかにしておく

のが良いでしょう。

通訳者としてどう成長していくか

今後、通訳者として機械通訳とどう向き合うか、どう活用するかは非常に重要な要素だと思います。
機械通訳と「通訳の場を取り合う」という考えでは、通訳者としての成長はありません。
人間通訳にしかできないことに磨きをかけ、さらに機械通訳やAIの最新状況にも精通していくことが、自分にとっても成長につながり、クライアントにとってもより良い提案につながると思います。また、未来を完璧に予測するのは不可能ですが、市場の変化には敏感でありたい、変化に迅速に対応できるようでありたいと考えています。

座談会の様子は、『通訳者・翻訳者になる本 2022』をご覧ください!